武蔵小杉駅
むさしこすぎ
📍 神奈川県川崎市中原区
🏗️ 地上駅(橋上駅)・高架駅
乗り入れ路線
南武線
埼京線
湘南新宿ライン
目黒線
東横線
横須賀線
のりば
1
向河原・矢向・川崎方面 / 横浜・元町・中華街・新横浜・二俣川方面
2
武蔵溝ノ口・登戸・立川方面 / 日吉・新横浜・二俣川方面
3
横浜・逗子・久里浜方面 / 横浜・鎌倉・小田原方面 / 目黒・赤羽岩淵・浦和美園・西高島平方面
4
品川・東京・千葉・成田空港方面特急「成田エクスプレス」 / 渋谷・新宿・大宮方面 / 渋谷・池袋・川越市・所沢方面 / 新宿・武蔵浦和・大宮方面
事業者情報
東日本旅客鉄道(JR東日本)
地上駅(橋上駅)・高架駅 ・ 開業: 1944年(昭和19年)4月1日 ・ 1日平均乗降人員: 113,452人
東急電鉄
高架駅 ・ 2面4線 ・ 開業: 1945年(昭和20年)6月16日
発車メロディ
フレンド・ライク・ミー
1番線(下り 元町・中華街方面)
ホール・ニュー・ワールド
4番線(上り 渋谷方面)
メイン・タイトル
沿革
1926年2月
(旧)東京横浜電鉄、丸子多摩川駅(現多摩川駅) - 神奈川駅開通。現在の本駅付近には駅は開設されず。
1927年11月
南武鉄道の向河原駅 - 武蔵中原駅間にグラウンド前停留場(グラウンドまえていりゅうじょう)が開業。
1929年8月
鉄道省(のち運輸通信省を経て日本国有鉄道)東海道本線の貨物支線(品鶴線)として、品川駅 - 新鶴見操車場 - 鶴見駅間が開業。現在の本駅付近には駅や信号場は設置されず。
1937年10月
グラウンド前停留場を含む南武鉄道の向河原駅 - 武蔵中原駅間が複線化。
1939年12月
工業都市駅が開業(複線)。府中街道との交点付近にあった。
1944年4月
南武鉄道が国有化され、運輸通信省南武線となる。グラウンド前停留場が駅に昇格、武蔵小杉駅に改称。
1945年6月
南武線との交点に武蔵小杉駅が開業。暫定的な駅として作られたため、ホームに屋根のない駅で朝夕に限り定期券を所持している通勤客専用の駅だった。
1947年1月
一般旅客および手荷物の取り扱いを開始。
1948年11月
小荷物の取り扱いを開始。
1953年3月
工業都市駅との中間地点に移転し、工業都市駅を廃止する。旧武蔵小杉駅と新丸子駅は422メートル、工業都市駅とは442メートルの距離であったが移転により新丸子駅との距離が603メートルとなった。
1959年12月
北口の駅前広場が整備され、東急バスのターミナルが工業都市(現・東横線小杉駅)から小杉駅前(北口広場)へ移動。
1974年6月
南口に自動改札機設置。
1976年3月
武蔵野線の貨物専用区間として鶴見駅 - 府中本町駅間が開業。東急武蔵小杉駅の直下を通過するが、本路線は貨物列車専用線のため、ホームは設置されず。
1980年
南武鉄道の駅が開設される際に地名をとったものであるが、北陸本線(現・あいの風とやま鉄道線)の小杉駅と区別するため、旧国名を冠して武蔵小杉とした。小杉は、江戸時代には中原街道の小杉宿として栄えていた。
1980年
当ホームの開業によって、本駅を発着、または経由して東京近郊区間内のみを乗車する場合、運賃計算経路が南武線を経由する従来のものより短くなり、運賃が値下げとなる区間がある。また、現行の南武線と東京山手線内との間を東急東横線または小田急小田原線で経由する通過連絡運輸は定期券を除き廃止となり、乗車される区間をそれぞれ合算した運賃となる。
1980年10月
東京駅 - 大船駅間で東海道本線と横須賀線の運転が分離され(SM分離)、品鶴線が旅客化されて横須賀線電車が運転開始。川崎市内では新川崎駅が設置。ただしこの時点では横須賀線武蔵小杉駅は設けられず。
1980年10月
開業後は横須賀線・湘南新宿ライン、および横浜方面発着の特急「成田エクスプレス」全列車と新宿方面発着の特急「踊り子」系統が停車している。ただし、平日朝と夜に運行する特急「湘南」全列車はすべて通過する。
1984年2月
荷物の取り扱いを廃止。
1984年10月
橋上駅舎となる。同時にホームが川崎寄りに125m移動する。
1987年4月
国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる。
1988年11月
南武線連続立体交差事業に伴い武蔵中原方の下り線を高架に切り替え。
1990年12月
南武線連続立体交差事業に伴い武蔵中原方の上り線を高架に切り替え。
1993年12月
東横線複々線化工事に伴い、当駅の改良工事に着手
1994年3月
南武線改札口に自動改札機を設置。
1995年7月
東横線下り線を海側の仮ホームに移設。
1996年3月
東横線上り線を海側の仮ホームに移設。当駅は島式ホームとなり、同時に南武線との連絡改札口を廃止。
1997年8月
東横線上り線を本設線に移設(現行の4番線の位置)、新上り線ホーム使用開始。
1998年4月
東横線下り線を現在の3番線位置に仮移設。現在の1・2番線の場所にあった仮ホームは解体・新ホームを建設へ。
1999年5月
東横線下り線を本設線に移設(現行の1番線の位置)、新下り線ホーム使用開始。
2000年8月
東急目黒線が誕生し、多摩川駅 - 武蔵小杉駅間が複々線化。東急のホームが2面4線となる。
2000年9月
東急目黒線が都営三田線・営団(現東京メトロ)南北線との直通運転を開始。本駅は西高島平駅・赤羽岩淵駅方面への列車の始発駅となる。
2001年11月
ICカード「Suica」の利用が可能となる。
2005年4月
横須賀線の新川崎駅 - 西大井駅間に本駅のホームを設置することがJR東日本と川崎市との間で基本合意(後述)。
2007年3月
ICカード「PASMO」の利用が可能となる。
2007年5月
横須賀線新駅設置工事着工。
2008年6月
東急目黒線、武蔵小杉駅 - 日吉駅間が延伸開業。同区間が複々線化され、目黒線の駅は中間駅となる。
2009年
工業都市駅の由来は、駅周辺に工場が多く立地してきたため、その最寄り駅として設置されたことによるものである。東京横浜電鉄の分譲地「田園都市」の対になるものでもある。東急バスの「東横線小杉駅」バス停留所は長らく「工業都市」を名乗っていた。なお、東京横浜電鉄と南武鉄道はお互い関係会社という位置づけでありながら実際は競合し反目していた間柄であったため、その交点に駅が設置されることはなかった。
2009年
当初、2009年度開業時点のJR東日本と東急を合わせた全体の1日平均乗降人員は、2003年時点の約14万人から4万人増の約18万人程度と見込んでいたが、2008年時点では28.3万人である。
2009年4月
グラウンド前停留場の由来は、駅前に横浜正金銀行のグラウンドがあったためである。このグラウンドはその後、同行の後身である東京銀行が使用していたが、東京三菱銀行を経て三菱UFJ銀行となった際は資産整理のため閉鎖された。跡地はしばらく有料駐車場となったあと、三井不動産グループの手で開発された高層マンション「パークシティ武蔵小杉(ミッドスカイタワー、ステーションフォレストタワー)」が2009年に竣工した。
2010年
場所 - 新川崎駅から約3キロ、西大井駅から約6キロに位置する横須賀線と南武線の交差部。地番は川崎市中原区新丸子東三丁目1111番。
2010年
駅構造 - 島式ホーム1面2線の高架駅となる。ホームは横須賀線の下り線路を外側に移設して確保した空間に新設する(隣接のNEC玉川事業場の土地を駅敷地として一部譲受)。ホームの長さは310メートル。並行して敷設されている東海道新幹線の線路は現状維持となる。また、新川崎寄りのホーム側に新改札口(新南改札)と駅前広場が建設される(従来の南武線側の改札口は「北改札」となる)。
2010年3月
横須賀線の駅が開業し、同線と湘南新宿ライン・特急「成田エクスプレス」、特急「スーパービュー踊り子」の停車駅となる。定期券以外の本駅経由の通過連絡運輸を廃止。横須賀線と南武線の駅の改札外連絡扱いを開始。
2010年3月
開業 - 2010年に仮開業。当初は2009年度中に本開業する予定であったが、南武線と横須賀線の連絡通路工事でも東海道新幹線のレールがずれないようにするための追加工事や工法変更が必要となったため、まずは暫定通路や仮ホームを利用した開業となり、正式開業はその約1年後となる予定に変更された。
2011年
事業費 - 約200億円。そのうち約30億円は駅前広場などの関連施設に充当される。
2011年
連絡通路 - 川崎市とJR東日本が折半。
2011年
駅舎 - 川崎市が全額負担。
2011年
駅開業時から約1年程は暫定通路での連絡だったため、本設通路完成時までは暫定措置として改札外連絡も可能だった。この場合、新南改札と北改札(一部)のオレンジ色にラッピングされた自動改札機から出場し、30分以内にもう一方の改札から入場する必要があり、これを超えた場合は下車扱いとなっていた。本設通路の完成によりこの取り扱いは終了となり、自動改札機のオレンジ色のラッピングも撤去された。
2011年4月
復活した南武線快速の停車駅となる。当初は3月12日からの実施予定だったが、前日に発生した震災による電力危機に伴う計画停電の影響により延期。
2011年6月
横須賀線と南武線を結ぶ正規連絡通路が完成し、使用を開始。これにより両線の駅の改札外連絡扱いを廃止。
2011年6月
連絡通路 - 南武線の駅からは東に離れた場所に位置しているため、同線の駅から線路に沿って西大井寄りのホーム先端付近につなげた。全長250メートル。また、通路は高架式および地下式タイプではなく地平レベルとなることから、途中の綱島街道の道路下と東海道新幹線の線路下をくぐり抜けて階段、動くスロープ、エレベーターが設置される構造となる。この通路は仮開業から1年後の2011年春季の完成予定となっていたが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響により延期となり、同年からの供用開始となった。
2012年12月
東横線ホームの発車メロディに川崎フロンターレの応援歌「轟け!青き魂」を導入。
2013年4月
武蔵小杉東急スクエアが開業。これにあわせて同ビル4階と東急のホームを結ぶ東急スクエア連絡口の使用を開始。
2014年1月
連絡通路のエスカレーターが急停止し、11人が重軽傷を負う事故が発生。
2014年2月
南武線ホームの発車メロディを川崎フロンターレの応援歌「ナンバーワン野郎!」に変更。
2014年3月
武蔵小杉駅東口駅前広場が使用を開始。
2017年4月
びゅうプラザの営業を終了。
2018年4月
混雑緩和の為、新南改札口(臨時入場口)が開設。
2019年
(令和元年)
2019年10月
令和元年東日本台風(台風19号)による大雨の影響で、横須賀線新南改札口が浸水する被害を受ける。この影響で翌13日は、横須賀線上下線の全列車が終日当駅通過扱いとなる(湘南新宿ラインは全列車運休)。
2019年11月
相鉄線直通列車運行開始。埼京線の直通列車も当駅に乗り入れる。
2021年3月
南武線ホームにてホームドアの使用を開始。
2021年4月
東急電鉄の定期券売り場の営業を終了。
2021年12月
横須賀線新3番線ホームの供用を開始。
2023年3月
この日をもって、東横線の発車メロディの使用を原則終了。翌日よりワンマン運転となり、ブザーに変更。
2023年12月
綱島街道改札の供用を開始。
2025年9月
集中豪雨により構内が冠水。自動改札機が一時使用不能となった。
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