京急蒲田駅
けいきゅう かまた
📍 東京都大田区蒲田四丁目50-10
🏗️ 高架駅
のりば
1
横浜方面
2
横浜・三浦海岸方面
4
品川方面
5
品川方面
6
品川・新橋方面
発車メロディ
夢で逢えたら /ラッツ&スター
沿革
1901年2月
蒲田駅として開業。(開業時、国鉄・東急の蒲田駅は未開業)
1925年11月
京浜蒲田駅に改称。
1969年11月
佐藤栄作首相の訪米阻止を訴える学生デモが暴徒化。駅舎に火炎瓶が投げ込まれる(同日、国鉄駅でも同様の騒動)。
1987年6月
京急蒲田駅に改称。
1993年4月
空港線羽田駅(現:天空橋駅)開業に伴い、1番線ホームを両方向乗り入れに変更。
1995年7月
本線用ホーム有効長を12両編成分に延長。同時に平日朝の通勤快特停車および夕方の下り快特臨時停車を開始。
1998年11月
空港線羽田空港駅(現:羽田空港第1・第2ターミナル駅)延伸開業に伴い、エアポート快特・エアポート特急の運行開始。同時に快特停車駅となる。
1999年7月
横浜方面からの羽田空港直通列車を運転開始。開始当初は梅屋敷寄りの渡り線を経由してスイッチバックを行っていた。同時にエアポート特急が廃止され、エアポート快特に統合される。当駅 - 新逗子駅(現:逗子・葉山駅)の急行も廃止される。
2001年1月
高架化、駅舎建て替え工事に着手。その数か月後には東口を仮橋上駅舎へ移設。
2002年10月
空港線線路と本線下り線路を結ぶ連絡線が開通し、横浜方面からの羽田空港直通列車の運転を本格的に開始する。
2005年10月
空港線用の1番線ホームを仮線に移設。
2006年11月
本線用の2番線ホームを仮線に移設。
2007年12月
本線用の3番線ホームを仮線に移設。同時に高架化工事の支障となる跨線橋と仮橋上駅舎の東口改札を地下へ移設。
2008年2月
西口改札を北側に移設。
2008年5月
当駅付近の上り線を仮高架化、これに伴い環状8号線の踏切の遮断時間が4割ほど短くなる。
2008年12月
接近メロディを導入。「夢で逢えたら」が採用される。詳細は後述。
2010年9月
当駅付近の下り線を仮高架化、これに伴い環状8号線の踏切が廃止される。
2011年
年末年始のみ空港線を高架線経由で運行し、箱根駅伝との交差支障を解消。
2011年5月
上り線を高架化、上り線高架ホームを使用開始。同時にダイヤ改正が実施され、エアポート快特の停車駅から除外され、エアポート急行の停車駅となる。当駅 - 新逗子駅では約11年ぶりの急行運行となる。
2012年10月
下り線を高架化、下り線高架ホームを使用開始、全事業区間の高架化が完成する。
2015年12月
駅西口に駅前広場とペデストリアンデッキを整備。同時に駅高架下に商業施設ウィングキッチン京急蒲田がオープン。
2018年7月
北斗の拳と京浜急行電鉄とのコラボレーション、京急の120周年を記念した『北斗京急周年キャンペーン』により、同年9月17日までの期間限定で駅名看板が京急かぁまたたたたーっ駅に装飾され、記念乗車券である「北斗の券」が9月1日に発売される。
2019年4月
1・4番線のホームドアの使用を開始。
2019年8月
3・6番線のホームドアの使用を開始。
2023年11月
ダイヤ改正により、エアポート急行が急行に改称され、品川 - 当駅 - 逗子・葉山間の急行が1999年以来24年ぶりに設定される。
2024年5月
サントリーの商品である「こだわり酒場のタコハイ」とのコラボレーションにより、同日から同年6月16日まで駅名看板を京急蒲タコハイ駅に装飾するキャンペーンを行っていたが、アルコール薬物問題全国市民協会並びに主婦連合会による「公共性が高い駅にはふさわしくない」という抗議を受けて、5月29日までに看板装飾の撤去などイベントが縮小される事態となった。なお、2番線ホームを酒場として提供するイベントに関しては、当初の予定通り、5月18日と19日並びに6月8日と9日に実施された。
2024年11月
ダイヤ改正により「イブニング・ウィング号」の停車駅となる(乗車専用)。
2026年3月
これまで川崎通信区および川崎電力区共用であった施設部蒲田詰所が組織改編によって川崎通信区のみの配置となる予定。
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