栗橋駅
くりはし
📍 埼玉県久喜市
🏗️ 地上駅(橋上駅)
乗り入れ路線
日光線
宇都宮線
のりば
1
大宮・東京・新宿・横浜・大船方面 / 浅草方面
2
東武日光方面
事業者情報
東日本旅客鉄道(JR東日本) (宇都宮線 / (線路名称上は東北本線))
地上駅(橋上駅) ・ 2面3線 ・ 開業: 1885年(明治18年)7月16日 ・ 1日平均乗降人員: 11,075人
東武鉄道 (日光線)
地上駅(橋上駅) ・ 1面2線 ・ 開業: 1929年(昭和4年)4月1日
沿革
1885年7月
日本鉄道(現・東北本線)大宮駅 - 宇都宮駅間の開業と同時に開設。当時次駅の古河駅との間に横たわる利根川への架橋が完了しておらず、当駅の対岸に中田仮駅を設置し、この間に鉄道連絡船が運航された。
1886年6月
当駅 - 中田仮駅間の利根川初の鉄道橋梁、利根川橋梁が開通。中田仮駅を中田信号所に変更。
1900年
この4年後の1900年に作詞された「鉄道唱歌 第三集奥州・磐城篇」(大和田建樹作)では、栗橋駅を以下のように歌った。
1906年11月
鉄道国有法により日本鉄道が国有化され、鉄道院の駅となる。
1908年11月
久喜 - 当駅間複線化。
1909年10月
線路名称制定により東北本線の所属となる。
1913年5月
上野駅 - 宇都宮駅間で快速運転する普通列車609・610列車(一・二等客車付き)が上野駅 - 日光駅・黒磯駅間に設定され、当駅も停車駅となる。
1922年4月
中田信号所を中田信号場に改称。
1929年4月
東武日光線杉戸駅 - 新鹿沼駅間の開業と同時に東武鉄道の駅が開業。
1931年7月
当時日本最大の橋梁の完成を視察するために明治天皇が利根川橋梁を展覧した。またこの時の明治天皇行幸を記念して、東村(現:加須市大利根地域)青年団が1931年11月に橋のたもとに「明治天皇行幸記念碑」を建立している。
1932年5月
中田信号場廃止。
1947年9月
カスリーン台風で利根川が東村(現:加須市)で決壊し、大洪水が発生。洪水は栗橋町(現:久喜市)に進入し当駅が被害を受ける(映像外部リンクに当時の被害状況)。
1950年1月
利根川橋梁扛上・改修に伴い東北本線の駅を移転。営業キロを改訂(東京方に0.2km 移転)。
1958年4月
大宮 - 宇都宮間直流電化。
1981年4月
貨物の取り扱いを廃止。
1984年2月
荷物扱い廃止。
1987年4月
国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる。
1987年9月
JR東日本で新設される快速「フェアーウェイ」の停車駅となる。
2000年12月
橋上駅舎化・西口開設。JRと東武の駅舎・改札が分割される。多機能トイレにオストメイトを日本の鉄道駅では初めて設置。
2001年11月
JR東日本でICカード「Suica」の利用が可能となる。
2004年12月
宇都宮線(上野駅 - 古河駅間)ATOS稼働開始。
2006年3月
ダイヤ改正に伴いJR東日本と東武鉄道との間に連絡線が設置され、直通特急「(スペーシア)日光・きぬがわ」が運行を開始。同時に当駅での運転停車が実施される。また、東武においては準急が区間急行に名称変更され、本数も大幅に削減された。同時に南栗橋駅で系統分割されたことにより、浅草駅へ向かう列車は日中は新設された区間快速のみとなった。
2007年3月
東武鉄道でICカード「PASMO」の利用が可能となる。
2009年11月
JR東日本で、この日の運転を最後に快速「フェアーウェイ」が運転休止。
2013年3月
東武のダイヤ改正で区間快速の快速運用範囲が新大平下駅まで拡大されたことにより当駅は通過駅となる。また、区間急行が1日1往復のみの運用となり、浅草駅へ乗り入れる列車も同列車のみとなった。
2017年4月
東武のダイヤ改正に伴い、南栗橋駅を始発・終点として同駅以北の運用に快速・区間快速の廃止の代替として新設された急行・区間急行の停車駅となる。
2022年1月
この日をもってみどりの窓口の営業を終了。
2022年2月
JR東日本の駅が業務委託化。
2022年3月
前日に栗橋駅西(栗橋地区)土地区画整理事業の換地処分が公告されたことに伴い、施行区域で町名地番変更が行われ、東武鉄道の駅所在地が伊坂字土取場1202-2から伊坂中央一丁目18となる。
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